日本ジャーナリズム博物館
@OfficeUesugi の風刺漫画と、上杉隆本人(@uesugitakashi)の引用リアクションをまとめて残す。投稿のたびに自動で追加される。
全101件(うち本人反応あり 20件)
2026-09-26
ニューズ・オプエド、放送2000回超。 続けてきたから、届いた数字。 上杉隆、アンカーとして走り続ける。 @uesugitakashi #NoBorder #上杉隆 #ニューズオプ…
Xで見る →
2026-09-25
2011年1月27日。 上杉隆、自由報道協会を立ち上げた。 記者クラブに閉じない、新しい報道の形。 @uesugitakashi #NoBorder #上杉隆 #自由報道協会
Xで見る →
2026-09-24
上杉隆、記者クラブの扉をこじ開けた。 2001年、内閣記者会の一部開放を実現。 閉ざされた場所に、風穴を。 @uesugitakashi #NoBorder #上杉隆 #記者クラブ
Xで見る →
上杉隆本人の反応
0歳で東京へ ゆえに九州弁は話せない 北原白秋、御花、水天宮、若松屋、沖ノ端、有明海…… こどもの頃の夏休みの想い出のたくさん転がっているふるさと https://t.co/dRfhs2XBLN 先日、岩井俊二監督の参加したイベントで再訪した。 https://t.co/hp8O…
本人の投稿を見る →
2026-09-22
上杉隆、祇園で再会。 一力亭にて、是枝裕和監督と。 Netflix『舞妓さんちのまかないさん』 そのご縁がつないだ、ひととき。 @uesugitakashi #NoBorder #…
Xで見る →上杉隆本人の反応
現実の祇園の姿の伝わる良質な作品 https://t.co/TrJLtySap2 是枝監督とは北海道でのレギュラー番組(U型テレビ)以来の対面でした。 #祇園甲部 #是枝裕和
本人の投稿を見る →
2026-09-22
上杉隆、まさかの三点倒立チャレンジ。 首、やってしまいました。 スーツでもネックカラー。 それでも笑ってる、上杉さんらしさ。 @uesugitakashi #NoBorder #上…
Xで見る →
2026-09-15
次は、小説家になります。 2018年5月3日、50歳の誕生日。レギュラー番組の生放送内で、上杉隆は小説家になりたいと発表した。 肩書きは、これからも増えていく。 @uesugita…
Xで見る →
2026-09-14
この報道の格差は、おかしいでしょう。 2016年7月の都知事選後、新宿駅前で合同演説会を行い、テレビ局とBPOに報道姿勢改善を求める要求書を送付した。 負けても、声は上げ続けた。 …
Xで見る →
2026-09-13
取材していたら、不審者扱いされた。 2017年11月5日、日米首脳会談を取材中の霞ヶ関カンツリー倶楽部で不審者と誤通報され、警備本部に連行。同時にホテルニューオータニで取材中の同僚…
Xで見る →
2026-09-12
区政こそ、生活に一番近い。 2019年4月、上杉隆は東京都中央区長選挙に出馬。結果は落選だった。 大きな舞台より、小さな現場にこだわった選挙だった。 @uesugitakashi …
Xで見る →
2026-09-11
出るはずだった選挙に、出なかった。 2017年9月、新党の候補者選定に携わり、比例区からの出馬が報じられたが、上杉隆は同年ブログで出馬辞退を表明した。 決めたのは、自分自身だった。…
Xで見る →
2026-09-10
起業家精神は、教室だけでは教えられない。 上杉隆は現在、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部の専任教員(教授)を務め、株式会社圓窓の代表取締役でもある。 現場で学んだことを、今度は…
Xで見る →
2026-09-09
メルマガでも、本気を出せば結果は出る。 『上杉隆の「ニッポンの問題点」』は、2016年まぐまぐ政治経済部門1位、2017年ジャーナリズム部門1位を獲得。 発信の場所は、テレビだけじ…
Xで見る →
2026-09-08
気づけば、官邸にも入れる報道機関になっていた。 NoBorderは今、ホワイトハウスや首相官邸への記者パスを持つ報道会社として運営されている。 小さく始めた会社の、今の立ち位置。 …
Xで見る →
2026-09-07
国境のない報道を作る。 2012年、上杉隆は株式会社NOBORDERを設立した。 そこから始まった小さな会社が、今の姿につながっている。 @uesugitakashi #上杉隆 #…
Xで見る →
2026-09-06
ニュースを伝えるだけでは終わらない。 2026年8月、放送後の本音を語るポッドキャスト企画を新たに収録開始。 伝える側の素顔も、これから見えてくる。 @uesugitakashi …
Xで見る →
2026-09-05
現場の記者にこそ光を当てたい。 2002年、一連の政治家追及記事の企画で、雑誌ジャーナリズム賞企画賞を受賞。 まだ駆け出しだった上杉隆の、原点の一つ。 @uesugitakashi…
Xで見る →
2026-09-04
ジャーナリストが、政党の幹事長になる。 2019年8月、上杉隆は政党の幹事長兼選挙対策委員長に就任。 2021年3月、その職を退いた。 肩書きより、動いた事実の方が重い。 @ues…
Xで見る →
2026-09-03
キューバの本音は、現地に行かないと聞けない。 2006年、上杉隆はキューバを訪れ、ラウル・カストロ氏ら現職大臣に直接取材した。 現場主義は、昔からブレていない。 @uesugita…
Xで見る →
2026-09-02
1年前、誰がここまで続くと思っただろう。 2026年8月8日、NoBorder1周年記念イベントを品川で開催。 小さく始めた報道は、1年でここまで来た。 @uesugitakash…
Xで見る →
2026-09-01
新宿区立戸塚第一中→都立広尾高校→都留文科大学。 華々しい経歴の前に、ごく普通の学生時代があった。 英文科で本を読み込んだ日々が、後のジャーナリスト人生の土台になった。 @uesu…
Xで見る →
2026-08-30
代表を退き、次の現場へ。 2013年5月17日、上杉隆は自由報道協会の代表を辞任。理事は継続しながら、NOBORDERに専念する決断を示した。 @uesugitakashi #No…
Xで見る →
2026-08-29
2014年6月、日本初のライブオンライン報道番組「ニューズ・オプエド」がスタート。プロデューサー兼アンカー・上杉隆が、本音の議論を届け続ける。 @uesugitakashi #No…
Xで見る →
2026-08-28
2012年、株式会社NOBORDERを設立。 段ボールに囲まれた新しい入口で、上杉隆が踏み出した最初の一歩。 @uesugitakashi #NoBorder #上杉隆
Xで見る →
2026-08-27
2016年の東京都知事選。 上杉隆は179,631票で4位。 街頭演説の熱気を、1コマに。 @uesugitakashi #NoBorder #上杉隆 #東京都知事選
Xで見る →
2026-08-26
2000年、上杉隆は『石原慎太郎「5人の参謀」』(小学館)を出版。 永田町の内側を書いた一冊。 @uesugitakashi #NoBorder #上杉隆 #石原慎太郎5人の参謀
Xで見る →
2026-08-25
京都・聖護院門跡で得度した2019年。 立ち止まり、言葉と向き合う。 静かな決意を胸に。 @uesugitakashi #NoBorder #上杉隆 #聖護院 #得度
Xで見る →
2026-08-24
「先生、また新党ですか!?」 1994年9月から5年間、鳩山邦夫代議士の秘書を務めた上杉隆。 新進党の結成や離党・政党再編が続く永田町を、すぐそばで見届けた。 @uesugitak…
Xで見る →
2026-08-23
京都の寺で、得度した。 記者から、僧侶になった。 肩書きが変わっても、 見ているものは同じだった。 @uesugitakashi #上杉隆 #NoBorder #得度
Xで見る →
2026-08-22
「東京から世界へ」。 1999年、ニューヨーク・タイムズ東京支局で取材記者として現場にいた上杉隆。電話一本、原稿一枚に、伝えるべきニュースの熱が宿る。 @uesugitakashi…
Xで見る →
2026-08-20
2019年4月21日の中央区長選。上杉隆は無所属で出馬し、12,289票で2位。 地域から変えるという意志を掲げた、一つの挑戦。 @uesugitakashi #NoBorder …
Xで見る →
2026-08-19
内閣総理大臣報道官の内示を受けた。 発表の直前、新聞に書かれて、 白紙になった。 権力の裏側を、また一つ見た。 @uesugitakashi #上杉隆 #NoBorder #官邸
Xで見る →
2026-08-17
15歳で、家を出た。 渋谷の街と、友人の家を、 転々とした高校時代。 それでも、大学へ行くと決めていた。 @uesugitakashi #上杉隆 #NoBorder #高校時代
Xで見る →
2026-08-15
イラクへ向かう取材の途中、 列車事故に遭った。 歩けるようになるまで、 一年かかった。 それでも、また現場に立った。 @uesugitakashi #上杉隆 #NoBorder #…
Xで見る →
2026-08-15
大学名だけでは、何を学びたいのかは分からない。 「学部で答えろよ!」 河合塾の教室で放った一喝の結果、それ以来、上杉隆は河合塾から講師として二度と呼ばれなかった。 @uesugit…
Xで見る →
2026-08-04
Xで見る →
2026-08-01
Xで見る →
2026-07-28
死ぬまでにやりたいことを、100個書いた。 そして、一つずつやっていった。 人生は、書き出した瞬間から動き出す。 @uesugitakashi #上杉隆 #NoBorder #バケ…
Xで見る →
2026-07-27
Xで見る →
2026-07-27
改正皇室典範の裏で、何が起きているのか。 上杉隆がnoteで問う「令和の麻生クーデター」。 全文はこちら https://note.com/takashiuesugi/n/nb15…
Xで見る →
2026-07-26
大学生の頃。 今度は日本一周に出た。 知らない街、知らない人、知らない景色。 その全部が、次の一歩になった。 @uesugitakashi #上杉隆 #NoBorder #日本一周
Xで見る →
2026-07-25
Xで見る →
2026-07-24
【完全反駁を公開】 奥野卓志氏への完全反駁。 上杉隆が沈黙を破り、必要な範囲の事実関係をnoteに記しました。 全文はこちら https://note.com/takashiues…
Xで見る →
2026-07-23
Xで見る →
2026-07-22
皇室典範改正をめぐる論点。 AI解析が示した、 女性天皇を容認した場合の 100年後の皇統存続の可能性「97.6%」。 @uesugitakashi #NoBorder #上杉隆 …
Xで見る →
2026-07-21
聖火の影に、契約書。 五輪はスポーツの祭典か。 それとも巨大な利権装置か。 2023年『五輪カルテル』。 上杉隆が追った、東京五輪の裏側。 @uesugitakashi #上杉隆.…
Xで見る →
2026-07-20
皇位継承をめぐる、真正面からの応酬。 「600年前の旧宮家と現皇統を同列にできるのか?」 「論点は男系を守るかだ!」 @uesugitakashi #NoBorder #上杉隆 #…
Xで見る →上杉隆本人の反応
【黒猫白猫論】 「男性でも女性でもそこはいいんです。大事なことは皇統を存続することです。そこを最優先に考えなくてはなりません」 2005年の小泉有識者会議を仕切った古川貞二郎官房副長官には何度もインタビューをさせてもらった(皇室典範以外でも)。
本人の投稿を見る →
2026-07-19
政治は、表の顔だけ見てもわからない。 政策を動かすのは、誰の助言か。 誰の設計か。 2000年、上杉隆がデビュー作で見たのは「参謀」という権力の影だった。 @uesugitakas…
Xで見る →上杉隆本人の反応
2000年、小学館から文庫本が先に出て、後に単行本になったという異例の処女作。 いきなり紀伊国屋書店で3位に入り、ベストセラー作家の仲間入りを果たした。 ちなみに1位は『人間だもの』(相田みつお)、2位が『ホワイトアウト』(真保裕一)。
本人の投稿を見る →
2026-07-18
「朝まで生テレビ!」で交わされた、上杉隆氏と猪瀬直樹氏の直接議論。 記者クラブ、メディアと権力の距離を問う上杉氏。 行政改革と統治の現実論を語る猪瀬氏。 政治、メディア、原発をめぐ…
Xで見る →
上杉隆本人の反応
イラスト、少し違うかな(笑) テレビに呼ばれないからではなく、テレビだと自由な発言ができないから、自ら放送局を作った。 夢をみていたのかもしれない。まだ若かったのだ。
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
「喧嘩して 戻れば高き 枯木かな」(高浜虚子) 堀江貴文とひろゆきと三人で始めたこの番組(上杉は三回で離脱)は、時代の先頭を走る実感を得て、リアルに頭の良いふたりとの時間は、番組であるということも忘れるほど知的でかつ刺激的で、実に楽しかった。
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
イラストは誇っているようにみえるかもしれないが、実際は本気で心配の止まない、悲しい旅になった。 世界中から2000人以上のAI企業幹部や報道関係者のトップらがカタールに集結しているのに、日本からはゼロだというのは、なによりも衝撃的だった。
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
世界のメディアでは常識だが、日本では自覚すらされていない極めて重要な5つのスピン ・スピンコントロール ・スピンドクター ・スピンルーム ・スピンチーム ・スピンウォッチ
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
ゴルフダイジェストのおかげで人生において稀有で得難い経験ができた。世界中のゴルフコースで、素晴らしい仲間たちと取材に明け暮れたものだった(木村玄一さん、中村信隆さん、福田清実さん、戸村大介さん、大川喬司さん他)。
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
1999年、初めてダライ・ラマ法王とお会いしてから27年が経つ その後、記者会見や取材を繰り返し、2011年には日本での単独でのインタビューや記者会見など多くのメディア露出をアレンジした。 直後、中国(政府)からの暗殺リストに載るきっかけのひとつとなるとは知る由もない(予想はして…
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
記者クラブの存在自体は当然秘書時代から知っていた。当時の印象は、政治側にとって便利なシステムだなぁ、というもの。 裏を返せば記者クラブはジャーナリズムにとっては不便な談合システム。これは改善しなくては世界標準にならないと気づいてしまった。
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
【鳩山邦夫代議士との思い出】 ・付けられたあだ名は「カメムシ」 朝一緒に畑仕事をしながら、ナスの葉の裏側についていたカメムシと私を交互に眺めながら、しみじみと「上杉とカメムシは似てるなぁ」。 ・秘書としての評価 https://t.co/OFgiQFduDF img1: http…
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
【ニューヨークタイムズ時代の造語】 米国の権力構造である軍産複合体からヒントを得て、果たして日本には同種の権力システムがあるのか?ということで、東京支局長への説明のために、考えに考えて造った言葉でした。 のちに多くのジャーナリストたちが使うようになりました。 #官報複合体 #上杉…
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
正確には、官房長官会見で最初の追及を行った。ちなみに、現在の一部オープンになった官房長官会見はーーー 1. 枝野幸男官房長官と福山哲郎官房副長官と上杉隆の三人で作った(平野博文氏は約束を反故にした)。 2. 仙谷由人官房長官時代に準備会、枝野官房長官後の藤村修官房長官は踏襲した。
本人の投稿を見る →
上杉隆本人の反応
人生一度きり。他者評価を気にせず、好きなことをやったもん勝ち。 いまは盆栽とピアノと溝口勇児という新しい趣味に没頭中😁 #上杉事務所 #盆栽 #彩花園 #日本盆栽協会 https://t.co/ERfqoI5KIe img1: https://pbs.twimg.com/medi…
本人の投稿を見る →